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虎になった男の悲劇: 『山月記』の現代語訳版で学ぶ心の葛藤

山月記 中島敦

この記事は、中島敦の『山月記(スラよみ!現代語訳名作シリーズ)』を紹介します。『山月記』の現代語訳版です。
山月記』は、中島敦が手がけた代表作の一つで、中国の伝説を基に人間の内面と葛藤を描いた文学作品です。詩人としての自負と、凡庸さに対する恐怖に苛まれる主人公・李徴が、己の弱さに直面しながらも、何を求め、何を失っていくのか。その物語は、読む者に深い印象を与えます。
本記事では、『山月記』のあらすじとともに、李徴の心情や作品が持つ哲学的なテーマについて掘り下げて紹介します。
※漫画では、ありません。

書籍概要

山月記(スラよみ!現代語訳名作シリーズ)

この本は『スラよみ! 現代語訳名作シリーズ』の一冊です。シリーズ名の通り、古典や名作を現代語でわかりやすく訳し、小学生から大人まで楽しめるように工夫されています。原文も一緒に読むことで、作品の魅力をさらに深く体験できます。読書感想文にも最適な一冊です。

収録リスト(目次)

作品紹介

あらすじ

李徴りちょう は詩の才能に自信を持ち、自分よりも劣る人間の下で働くことを嫌がって役人の道を捨て、詩作に専念します。しかし、期待通りには成功せず、貧困に陥り、挫折します。再び役人としてやり直そうとしますが、発狂し虎に変身してしまいました。
虎になった李徴りちょうは、自分が虎になった理由や過去を深く考えながら苦しみます。昔の友人袁傪えんさんと再会し、自分の思いや考えを語りますが、最終的には虎の本能に引きずられてしまう。

おもな登場人物

李徴(りちょう)

自尊心が強く、才能への誇りと現実のギャップに苦しむ。プライドが高いがために他人に助けを求められず孤立してしまう。

袁傪(えんさん)

李徴りちょうの友人。温厚で思慮深い性格。虎になってしまった李徴りちょうに対しても理解を示し、同情心を持ち彼に寄り添う。

作品解説

作者について

作者の中島あつし は、1909年に東京で生まれました。父は漢詩や漢文を教える中学教師で、祖父も漢文学者でした。幼少期から中国の古典文学に親しんだ彼の作品には、その影響が色濃く現れています。『山月記』や『李陵りりょう』など、古代中国の伝説を題材にした作品があります。
教職に就きながらも執筆活動を行っていましたが、彼の作家としての執筆活動は非常に短かいものでした。1942年に『山月記』でデビューし、その年の末には喘息の発作で亡くなっています。

彼が執筆した作品数は、未完成作品も含め20編ほどでした。享年33歳。

山月記』の元ネタ『人虎伝』

山月記』は、中国の伝奇小説『人虎伝じんこでん』を基にしています。

『人虎伝』のあらすじ

人虎伝じんこでん』の李徴りちょうは、未亡人と不倫をしていたが、家族にそれがバレて咎められ、会えなくなってしまった。怒りに駆られた彼は、その一家を焼き殺してしまう。やがて李徴りちょうは、人間らしい心を失い虎に変わってしまった。

山月記』と『人虎伝』の違い

中島あつしは、李徴りちょうの内面的な葛藤が彼を虎に変えた原因だと考えます。『山月記』では『人虎伝じんこでん』とは異なり、李徴りちょうの自尊心や自己認識の問題に焦点を置きました。

自尊心が招いた悲劇

李徴の人生

李徴りちょうは自分に誇りを持っていましたが、その「自尊心」が邪魔をして、やるべき努力を怠り、また、周囲の人との関わりを避け、社会から孤立していました。
その結果として理不尽な運命に直面します。虎に変わるという予期しない変化は、彼の人生を根本的に狂わせ、誇りや理想を一瞬で打ち砕いてしまいました。

李徴が虎になった理由

李徴りちょうが虎になった理由は、彼の「自尊心」と「自嘲心」という相反する感情にあります李徴りちょうは、自分の才能に対する過剰な自尊心を持ち、自分が特別な存在だと信じていました。しかし、現実にはその才能を十分に発揮できず、周囲の期待にも応えることができませんでした。この現実と理想のギャップが、彼の心に大きな負担をかけます

李徴りちょうは、自分の期待に応えられない現実に直面することで、次第に自己嫌悪に陥ります。自分が思い描く理想と現実の違いに苦しみ、彼は自らを嘲笑するようになります。この自己嫌悪が徐々に彼の精神を蝕み、最終的に人間としての理性を失い、虎へと変わってしまったのです。

虎が象徴するもの

虎は、李徴りちょうの内面に潜む「理性を失った本能」や「他者への嫉妬・恨み」を象徴しています。彼の変身は、内面の葛藤が外部に表出したものであり、人間らしさを失い、本能のままに生きる存在へと変わってしまったことを示しています。

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」

「臆病な自尊心」が生まれた経緯

李徴りちょうの悲劇は彼自身の過ちだけでなく、周囲の影響もありました。李徴りちょうは故郷で「鬼才」ともてはやされ、その結果、必要以上に自尊心が育ってしまったのです。
彼の才能に対する過度な期待が、やがて彼自身の成長を阻害し、自分の中に抱えた不安や劣等感、そして「臆病な自尊心」を深めていくことに繋がってしまいました。

「尊大な羞恥心」とはなにか

李徴りちょうが自分の才能や能力が思ったように評価されなかったとき、強い恥辱感を覚えます。李徴りちょうは、自分が他人から高く評価されるべきだと考えていたため、それが叶わないときに耐えがたい恥を感じ、その恥を隠そうとするあまり、自分をさらに高く見せようとする「傲慢さ」が出てしまうのです。

李徴が抱えた感情の葛藤

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が生んだ自嘲癖

「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が絡み合い、李徴りちょうは自嘲癖に陥ってしまいます。自嘲癖とは、自分をわざと卑下して、皮肉ったり軽蔑したりすることです。李徴りちょうは、自分の弱さや欠点を自覚しており、それを他人に見せたくなかったため、自分を先に嘲笑して心を守ろうとしました。
「本当はもっとできる人間だが、運が悪いだけだ」と自分に言い聞かせていたのです。

これが、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」が生んだ矛盾した防衛策であり、李徴りちょうはその中でずっと葛藤し続けていたのです。

李徴の破滅的な運命と現代に通じるテーマ

最終的に、この感情に支配された李徴りちょうは、自嘲癖によって自己を追い詰め、自己評価他者評価の間で破滅的な運命を迎えることになってしまうのです。
こうした感情は、現代の私たちの中にも少なからず存在するものかもしれない。

テーマ(伝えたいこと)

この物語は、才能や自尊心、自己評価といったテーマを通じて、人間の内面の複雑さと、その結果としての悲劇を描き出しています。李徴の悲劇は、彼が自分の才能に過剰な期待を抱き、その期待に応えられなかったことから生じたものであり、自分を正しく見つめることの大切さ、そして理想と現実のギャップにどう向き合うかということを問いかけています。

感想

李徴と同じく「虎」となった女性

自尊心が引き起こす破滅的な運命

山月記』を読んだ後、偶然見たテレビ番組で紹介されていた女性の姿が、李徴りちょうと重なって見えました。その女性は、もともとは普通の女性でしたが、長年の周囲からの賞賛によって自尊心が高まり、見栄を張るために身の丈に合わない出費を重ねていきました。結果として、お金に困り、最終的には詐欺に手を染めることになってしまったのです。

李徴と現代の女性の共通点

この女性の行動は、李徴りちょうが自分の中の「虎」を抑えきれずに虎そのものになってしまった姿とよく似ています。李徴りちょうもまた、自らの高い自尊心と才能への執着によって、自分の内面の「虎」を制御できず、最終的には破滅の道を歩んでしまいました。

自尊心をどう扱うか?

自尊心が人を支えることもあれば、逆にそれが災いして自らを破滅に追い込むこともあるのだと、『山月記』とテレビで紹介された女性の話を通じて強く感じました。人は、自らの自尊心をどう扱うかによって、大きく運命が変わるのかもしれません。

原文と現代語訳の比較

『スラよみ! 現代語訳名作シリーズ』は、名作をやさしい文章でわかりやすく現代語訳した書籍です。一例として、『山月記』の書き出し部分を原文と現代語訳で比較してみます。

原文

隴西ろうさい李徴りちょうは博学才頴さいえい、天宝の末年、若くして名を虎榜こぼうに連ね、ついで江南こうなんに補せられたが、性、狷介けんかいみずかたのむところすこぶる厚く、賤吏せんりに甘んずるをいさぎよしとしなかった。

引用元:新潮文庫版(61刷)8ページ

現代語訳名作シリーズ

中国のとうの時代、日本でいえば奈良時代ならじだいの物語である。中国の西北部、隴西ろうせいという地方の出身で、李徴りちょうという男がいた。
李徴りちょうゆたかな知識ちしきすぐれた才能さいのうをもっており、わかくしてむずかしい試験に合格ごうかくして役人になった。そして、遠方の町で安全を守る仕事についたのだが、自分に自信をもっている李徴りちょうは、能力のうりょくにふさわしくない、つまらない仕事だと不満に思っていた。

引用元:スラよみ!現代語訳名作シリーズ6ページ

原文と現代語訳版をぜひセットで!

現代語訳版は単なる直訳にとどまらず、補足説明や現代に合わせた表現が取り入れられており、非常に理解しやすくなっています。
一度、現代語訳版で作品のイメージを掴んでから原文に挑むと、よりスムーズに原文の魅力を味わうことができますよ!

『スラよみ!現代語訳名作シリーズ』と原文が収録された本をセットで手元に置くことを強くお勧めします。

セットで買いたい本

山月記』は、さまざまな出版社から刊行されています。主要な出版社である新潮文庫角川文庫岩波文庫ちくま文庫を比較したところ、ちくま文庫が一番、手に取りやすい書籍でした。

おすすめする理由

  • 読みやすい文字表記: 原文を尊重しつつ、読みやすさを重視した文字表記に変更されています。
  • 便利な注釈: 注釈が同じページにあるので、すぐに確認できます。
  • 人虎伝じんこでん』収録: 唯一、『山月記』の元ネタである『人虎伝じんこでん』が付録として収録されています。※ただし、注釈なし。
  • 収録作品が多い: 二番目に多くの作品が収録されています。(一番多いのは岩波文庫版。収録作品数で選ばれるなら岩波文庫がおすすめです。もしくは、被っていない作品がそれぞれあるので両方買うのもいいかもしれませんね)
  • 秀逸な解説: 蓼沼正美の『山月記』についての解説がとても優れています。

収録リスト(目次)

[評]『山月記』は匂わせBLなのか?

一部の界隈では「山月記はBL」と話題になっています。そのことについて、別記事(note)にて私の意見をまとめてみました。興味がありましたらご覧ください。

まとめ

山月記』は難しい作品ですが、原文だけじゃなく、こういった読みやすい現代語訳版が理解の助けになると思います。
読むときに意識してほしいのが、李徴りちょうが「自分」と「おれ(俺)」という二つの一人称を使い分けている点です。その違いは、「李徴りちょう」としての自分と「虎」としての自分、その心の葛藤を表しています。そこに注目して読むと、より深く『山月記』を理解できて面白いと思いますよ。

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